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読書・書評―会員お薦めの一冊「生物と無生物のあいだ」福岡伸一 講談社現代新書
長柄英男会員
最近、ニューヨークやボストンは松井や松阪のおかげでずいぶん身近に感じられるようになってきた。著者の福岡伸一さんはそのニューヨークのロックフェラー大学、ボストンのハーバード大学で計3年間にわたりポストドクトラル・フェロー、つまり最前線の研究者として分子生物学の研究にあたった。
分子生物学は耳慣れない言葉であるが、最近の生命科学の中で中核をなす分野である。DNAという3文字はいまや普通の会話の中にも現れるようになった。「それは日本人のDNAだよ」。「彼のDNAからは当然の結果だ」。さらに「○○○のDNAを引き継いだ新しい機種は・・・」などと生物でないものにも使われている。また北朝鮮の拉致事件でDNA鑑定が横田恵さん親子の鑑定に使われ、北朝鮮が送ってきた骨が横田恵さんの骨ではないと断定したことは記憶に新しい。現在の生物学は医学も含め、生物や人間をジグソウパズルのように小さな部品の集合体と考える機械論的生命観が根幹をなしている。
20世紀最大の発見である、DNAの二重らせん構造は1953年に世界で最も権威のある科学雑誌「Nature」にジェームズ・ワトソンとフランシス・クリックによって発表され、約10年の後にノーベル賞を受賞している。そしてDNAこそが生命の一つの定義である「自己複製しうるもの」の基盤をなし、生命体を構成する無数の部品の設計図なのだ。DNAが遺伝情報を細胞間で伝達していることはいまや常識となっているが、その発見に至るまでの謎解き、それにまつわる研究者たちの熾烈な競争、才能豊かな人々のエピソード、ときにアンファエアーな振舞い等が迫真の文体で描かれている。
学校の教科書が無味乾燥したものに感じられるのは、研究の結果だけが整理され羅列されているからで、その知識が何故必要とされ、誰がどのようにして発見したのか、そこに科学の醍醐味がある。研究者としての生活を通して書かれた本書はダイナミックにそのことを追体験させてくれる。
またその後の章では著者が携わった消化酵素の分泌に関する、細胞膜の巧妙な仕組みについて書かれている。その中でいまやどの医学雑誌にも出てくるようになった特定の遺伝子の機能を人工的に喪失させたノックアウトマウスがでてくる。そしてノックアウトマウスを使った研究で、狂牛病の原因が脳内のプリオンそのものではなく、異常なプリオンによるものであることが突き止められたという。
著者は生物を、自らを常に変化させ微妙なバランスを維持していく「動的平衡」の状態としてとらえる新しい生命観を提示している。生物は食べ物から取り入れた物質と絶えず入れ替えて結果的に常に同じ状態を保っている。部品であるタンパク質分子の部分的な欠落や局所的な改変のほうが、分子全体の欠落よりも大きな障害作用をもたらす、ドミナント・ネガティブ現象に行き着くのである。
最後にプリオン病におけるノックアウトマウスを使った実験でのドミナント・ネガティブ現象から「生物には時間がある。その内部には常に不可逆的な時間の流れがあり、その流れに沿って折りたたまれ、一度、おりたたんだら二度と解くことができないものとして生物はある。」と結んでいる。
私が医学部に入学したのはワトソンとクリックがノーベル賞を受賞して間もない1967年であった。入学直後の生物学の時間にDNAの二重らせん構造やDNAによる細胞内の蛋白合成の講義を受けた。そしてそれまで医学、あるいは生物学に持っていたイメージとは全く異なる世界が展開されていることを感じた。この本はその後の40年間にわたる生物学の歴史を私に教えることになったのである。
読んでいて面白い本であり、高度な内容を易しく読ませてくれる。2007年の自然科学系の新書としては最もよく読まれている。さらに興味のある方は同著者の『もう牛を食べても安心か』(文藝春秋、2004年)、『プリオン説はほんとうか?』(講談社、2005年)平成18年度講談社出版文化賞科学出版賞がある。
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