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海江田嗣人の創作童話集 第6回 


文・写真 海江田嗣人会員

ドカンのクロ

 背後を山に囲まれ、錦江湾の海岸線を北へ縫うように走る国道10号線は通称、磯街道とも呼ばれています。鹿児島市の観光スポット、仙巌園を過ぎ、車で5分ぐらい走ると、釣りの名所、大崎鼻に着きます。道路脇から少し降りたところに治水のための直径50cmもある大きな土管(ドカン)が海に突き出ており、その下に岩場が広がっています。釣り人たちは、この名所を大崎鼻というよりドカンの愛称で親しんでいます。

 ドカンの前の海には活火山桜島のマグマが影響する滾(たぎり)があり、周りの海水は暖かく、鼻曲がりの大鯛をはじめいろんな魚たちが集まってきます。

 このドカンには何時のころからか、ある噂が語り継がれていました。それは、ドカンの主みたいな巨大なクロ(メジナ)が住み着いているというのです。「わしは見たぞ。頭から尻尾まで1メートルはあったな」「頭がよくて、用心深くて、そこらの釣り人には歯が立たん」「俺の釣り糸に食いついたんだが、竿を折られてしまったよ」といった話が釣り仲間の間でまことしやかに伝えられていました。釣り人たちは「ドカンの主」「ドカンのクロ」と呼び、このクロと挑戦するためドカンに通ってくる釣り人も多かったのです。

 近くの村に住む幸史という若者も、その挑戦者の一人でした。誰にも釣れない、あのクロを、何とか自分の手で仕留めたいという思いが日増しに強くなってくるのです。会社の休みには決まって岩場に出かけます。5年ぐらい通い続けていますが、これまで一度だけコツンときた当たりに反射的に釣り竿を合わせ、ガクンと異様な衝撃を感じたことがあります。逃げられましたが、あれはドカンのクロだったと今でも信じています。

 幸史はある日、ふと一計を思いつきます。細くて強い石ダイ釣りに使う鋼鉄製のワイヤーに釣り針を結び付け、そしてこのワイヤーに爪を当て引き伸ばしながら、くねくねの形に曲げて加工し、まるで流れ藻のように見える鋼鉄製ハリスの仕掛けを作りました。透明なナイロンハリスとは違い、この偽せ海藻のハリスだと、海中に漂う海草と勘違いしてハリスの餌に食いつくのではないか。これが、幸史の狙いでした。

 仕掛けのハリスを試す休日がやってきました。「曇りか、今日は良いぞ。魚には仕掛けがさらに見えにくかろう」と、幸史は心をはずませ、近くの海岸へ自転車で走ります。潮の引いた海岸で釣り餌のゴカイを捕り、泥や海草混じりの砂を手スコップで掘り、バケツの中に入れます。バケツの中ではミジンコやゴカイ、そして小さなカニが動き回ります。ずっしりと重たい撒き餌の砂でいっぱいになったバケツをヨイショと、自転車の荷台に縛り付けると、そのままドカンに向け走ります。

 ドカン前の岩場に陣取った幸史ははやる心を深呼吸で落ち着かせ、バケツのまきえの砂を手スコップですくい取り、海面のポイントめがけてパーッと扇形に撒きます。すると海の底から、右から左から小魚たちがサーッと集まってきます。さらに砂がパーッと撒かれると、今度は手のひら大の鯛やチヌ(クロダイ)がサーッと湧いてきて、バシャバシャと入り乱れて大好物のミジンコやゴカイを奪い合います。それはもう水族館のようで見事な光景です。

 そこで、幸史は偽せ海藻仕掛けの釣り針にゴカイを付け、海面にそっと投げ入れます。ゴカイは踊りながら静かに沈み、赤い玉浮きが漂い始めます。餌取りの小魚が時々チョンチョンとつつきます。玉浮きが浅く沈むけど、幸史はじっと赤い玉浮きを見つめたままです。潮の流れに乗り、赤い玉浮きは沖に出て行きます。 曇り空の凪の海面は、遠くに通う船の波がやがて伝わり、静かにゆっくりと大きくゆれます。波に押されて流れ出した玉浮きの下ではゴカイの付いた釣り針が踊り泳ます。再び幸史はバケツの砂を浮きにめがけパラパラと撒き誘います。それを目がけて魚たちがまた群がって来ます。

 やがて、浮きがスーと、少し深く沈み海中で止まります。これはクロの引き方です。幸史はあわてません。もしここで早まり釣竿を合わせたら、餌を軽くくわえたクロの口から釣り針が外れ失敗することが経験上判っています。クロは慎重にゴカイの餌を疑いながら甘噛みし、海面に上向きの姿勢で軽くくわえてみるのです。しばらく経っても何の反応も無い偽せ海藻の釣り針に安心したのか、思いっきり餌に噛み付くと姿勢を反転し海底に向けスーッと深く潜ります。赤い玉浮きが連動して海中深く沈みます。まだだぞ、まだだぞ、幸史は我慢して、浮きが充分沈んだのを見計らって、良し今だと、釣竿を軽く合わせます。  ガクン、ヒューンと音を立て、釣り糸が風を切ります。静けさを破る突然の風切り音は何とも言えない快感です。釣竿の音がバイオリンのようにキーキー、ヒューン、ヒューンと響き、キーンと釣り糸が鳴きながら海を走り、海に引き込まれます。

 ビューンと、魚は方向を変え、もっと強く引き込みます。ドカンの主ではないか、予感が走ります。あまりの強い引きに幸史は右手で釣竿を垂直に立てると、興奮しながらふるえる左手でリールを巻きます。釣竿がグイーと撓り、大きな輪になります。グイ、グイと更に大きな手ごたえ、強い引きは海底に向かいます。ズンズン、グイグイと、力比べのように海と陸とで綱引きが始まります。立てた釣竿を前に戻しながらリールで糸を巻き、また起こしながら獲物を引き寄せ釣竿を立てる。そして戻しながら糸を巻く。戻しては引くの繰り返し、正に綱引きの力比べです。

 やがて、波間に揺れ動く獲物の姿がはっきり見えてきました。体長は優に右腕を超える大きさです。手が震えます。うわー、ドカンの主だ。幸史は確信します。はやる気持ちを何とか落ち着かせ、あせるな、慌てるなと、自分に言い聞かせながら、海面をにらみつけます。クロが海面を切り裂くように躍り出ます。その瞬間、幸史とクロの目が一瞬、合いました。すると、クロは全身の力でバシャッと水しぶきを上げて急旋回、海中にぐいぐいと潜ります。幸史は釣り糸をするするすると送ります。しばらく引っ張り合いの時が経ち、だんだん疲れたクロは幸史に引き寄せられます。雲間からお日様がちらっとのぞきます。よーし、今度こそは釣り上げるぞ、幸史はゆっくりと釣竿を引き起こします。ドカンの主の姿が再び浮かんできます。ああーやったー、幸史は安心して最後の引き寄せにかかりました。ようやく姿を見せた巨大なクロは、まぎれも無くドカンの主です。

 幸史は足がブルブル震えだします。ああーなんと美しい魚だ。ピカピカと青黒く光る巨体はドカンの主らしく何処か威厳に満ちています。幸史にとって至福の瞬間でした。

 しかし、ドカンの主は最後の力を振り絞り、反撃に出ます。必死にバシャ、バシャと水しぶきを飛ばし尾ビレで海面を思いっきり蹴り叩き、反転するとガクン、ガクンと反動をつけながら海中に突進します。幸史は逃がしてはならじ、と再び釣竿を立てグイグイと引っ張ります。釣り糸と竿が悲鳴を上げギギギッ、キューン、キューンと鳴ります。うーん、持ち堪えられません。そして遂にバチーン・・・緊張の糸が切れました。

 あぁ〜、幸史は、へなへなと力が抜け、岩場に座り込みます。呆然と見上げる竿の先では、切れた釣り糸が風に泳いでいます。海を見つめながら、幸史は思うのでした。ドカンの主は釣り人の憧れだ、釣れなくて良かったのだ。ドカンの主の姿を見ただけでも幸せだ、と。そして何より、自分が作った偽せ海藻の仕掛けに主が食いついてくれたという満足感がありました。帰り道、自転車のペダルを踏む幸史の気分は爽快でした。

(おわり)

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