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海江田嗣人の創作童話集 第5回 


文・写真 海江田嗣人会員

ガラッパと少年

 薩摩半島北部の山地を源にして錦江湾にそそぐ、「思い川」という川があります。流域には幾つもの淵があり、深くて不気味な淵にはガラッパが住んでいるという言い伝えがありました。ガラッパは鹿児島の方言で、河童のことです。だから、大人たちは子どもに、こう言って聞かせるのです。「淵で泳ぐでないぞ。ガラッパが来て水底に引きずり込み、お尻を抜かれるぞ」。

 かなり昔の話ですが、下流近くの村に健弥と健二という兄弟の少年が住んでいました。ある夏の日、兄弟は川の浅瀬で、網で魚を捕って遊んでいました。ところが、大きな鯉を夢中で追っかけていた弟の健二が流れに足を取られ、あっという間に淵の中に落ちてしまいました。驚いた兄の健弥が深い淵に向かって「おーい,健二、大丈夫か」と叫びますが、弟はなかなか浮き上がってきません。

 健弥が「こりゃ、大変だ」と、顔を引きつらせ、弟を助けに淵に飛び込もうとした瞬間でした。弟の姿がスーッと水面に浮いて来ました。誰かが弟の体を下から支えています。弟はそのまま石ころだらけの川岸に運ばれました。そして、その側には背丈は健二ぐらいで、体が緑色、頭にはお皿みたいなものが乗っている、まぎれもなく絵本で見たガラッパに違いありません。

 健二は少し水を吐いただけで元気なようです。兄弟は初めて見るガラッパに、少し震える声で「ありがとう、ありがとう」と、何度も頭を下げ、御礼を言いました。ガラッパはそれに答えるように「ヒョーン、ヒョーン」と、奇妙な声を上げていましたが、その顔はにっこり笑っているようでした。やがて、ガラッパはザブーンと淵に飛び込み、兄弟の前から姿を消しました。この時、兄弟は初めて、「ガラッパは大人たちが言うように人にわるさをする悪い奴ではない。むしろ友達になりたいくらい良い奴なんだ」と、知ったのでした。しかし、大人に言っても分かってもらえそうにないので、この日の出来事は両親にも話しませんでした。

 また春が巡ってきました。ある朝のこと、藁葺き屋根の天井から大きな青大将がドスンと、健弥の寝ている蒲団の上に落ちてきました。この時を待っていたように健弥は跳び起き、「やっと捕まえたぞ」と、青大将のシッポを掴み、ぐるぐると振り回します。目が回っておとなしくなった青大将を紙袋で包み、バケツの中に入れます。朝食をすますと、兄弟は魚網と青大将の入ったバケツをつかみ、いつもの淵に向かいます。淵に着くと早速、健弥が慣れた調子で「ひょーん、ひょーん」と、叫びます。そのうち川上の方から「ヒョン、ヒョーン」と、返事が返ってきます。やがて、すっかり顔なじみになったガラッパがバシャッと淵の水面に顔を出します。続いて、パシャと、小さなガラッパが顔を出します。今日は子どもを連れてきたようです。健弥は「これ、持ってきたよ」と、紙袋から青大将を取り出し、ガラッパに見せます。兄弟は、青大将がガラッパの好物なのを知っていたのです。ガラッパは嬉しそうな顔をして青大将を自分たちの魚かごに入れます。兄弟とガラッパはすっかり仲良しになっていたのです。

 いつものように、魚捕りごっこが始まります。しかし、ガラッパ親子にはとてもかないません。兄弟が1匹捕る間に向こうは20匹ぐらい捕ります。お昼ごろになって、健二が「お腹減ったよ。お兄ちゃん、帰ろうよ」と、言います。バケツには2匹ぐらいしか入っていません。すると、ガラッパが寄ってきて、魚かごに入っている鯉やフナを、ごっそりバケツに入れてくれます。健弥が「いつもわるいね」と言うと、親のガラッパは「ケケッ」と、笑っています。心配するな、俺たちいつでも捕れるよ、と言っているようです。家に帰ると、お母さんは「お前たち、魚捕りがうまくなったね。漁師さんみたいだね」と、大喜びですが、もちろん、本当のことは言えません。

 梅雨と台風の季節がやってきました。外に出れず、家にこもる退屈な日々が続いていました。たまたま晴れた日があり、兄の健弥は一人、おだんごを持って、いつもの淵に出かけました。「ひょーん、ひょーん」と、なんども合図を送りますが、一向に返事がきません。心配になった健弥は濡れた岩場の上から淵に身を乗り出したとたん、足が滑って淵に落ちてしまいました。ゴボ、ゴボと淵の底でもがいていると、何処からかガラッパがスーッと現れ、健弥を両腕で抱き上げて、一気に水面めがけて浮上しました。ガラッパは健弥を川岸に上げると、ヒレカキの付いた足で健弥の背中をどんどんと叩き、水を吐かせます。こうして健弥も弟と同じくガラッパに助けられたのでした。

 元気を取り戻した健弥は初めて、ガラッパがひとりなのに気付き、「子どもはどうしたの」と、尋ねます。するとガラッパは首を横に振りながら、目に涙を浮かべます。健弥が不審そうな顔すると、ガラッパは川の中で体をばたつかせながら流される仕草をします。健弥はやっと、先日の台風の増水で子どもが流され、行方が分からないのだと気づくのでした。健弥は「ガラッパの子がおぼれることないよ。きっと、帰ってくるよ」と慰め、だんごを渡して、この日は別れました。

 この日から、兄弟はガラッパの子どものことが心配になり、「思い川」の方を見ては耳をすませています。そして、幾日か過ぎた日の朝、「キョン、キョン、キョーン」という泣き声が聞こえたようです。健弥は急いで庭に飛び出すと、「きょーん、きょーん」と呼びかけます。すると「キョン、キョン、キョン」と返事が来ます。確かにガラッパの声です。

 健弥は自転車に飛び乗り、川岸に着くと、そこに、ふらふらと歩くガラッパの子がいました。健弥は川岸の土手を降り、ガラッパの子をおんぶすると、また自転車に飛び乗り家に向かいました。海に流されたガラッパの子は体中、傷だらけで、寒さに震えています。家に着くと、健弥はまず自分の学生服をガラッパの子に着せ、さらに台所に走り、おにぎりとかつお節を背中のガラッパの子に渡します。お腹の空いていたガラッパの子はたまらずおにぎりにかぶりつきます。そこへお母さんが顔を出します。健弥の背中の異様なガラッパの子を見るなり、お母さんは「ギャー」と悲鳴を上げ、腰を抜かします。健弥はかまわず再び自転車に飛び乗り、「思い川」の淵に向かいます。淵に着くと、健弥は、大きな声で「ひょーん、ひょーん、ひょーん」と、叫びます。

 上流に移動していたガラッパの親は、ただならぬ健弥の叫び声に気付き、淵に駆けつけてきました。ガラッパの親は細くて長いうす緑の手で、うれしそうに健弥の背中からそっと子供を抱きかかえると、頭の皿を濡らし、背中や頭を何度も何度も撫でるのでした。子どもはうれしそうに「キョン」と鳴きます、その頬っぺたにおにぎりのご飯粒がペタペタ着いていたので、健弥は思わずクスッと笑いがこみあげてきました。そして、これで兄弟を助けてもらった恩返しが少しはできたかなと思うのでした。

 再会を果たしたガラッパの父子は「ヒョーン、ヒョーン」「キョン、キョン」と、鳴きながら、お母さんの待つ山奥の川に帰っていったのでした。
 「『思い川』のガラッパは違うぞ。人助けをするそうな」。何時のころからか、こんな言い伝えが村人の間に広まっていきました。

(おわり)

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