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海江田嗣人の創作童話集 第3回 


文・写真 海江田嗣人会員

炭熾(おこ)し

 むかし、あるところにおじいさんとおばあさんが住んでいました。 二人は口げんかが絶えず、仲のいい夫婦には見えませんでした。

 冬の朝、おばあさんは起きだすと、いつものように火鉢に炭を一つ、二つ、三つと、小枝の上に積み重ね、青竹で作った火おこし器でふーっ、ふーっと吹き始めます。吹く度に、おばあさんの可愛いほっぺたが、ぷーっとふくれてはしぼみ、そしてまたふーっと吹くとぷーっとふくらみます。だんだん炭が赤くなり、あったかい火がおばあさんのほっぺを赤く照らします。

 そこへ、おじいさんがのそのそと起き出してきます。「ばあさんや〜、そんなにぷーぷーやると、シワが伸びちじみして、まるでちょうちんみたいじゃ」と、早速意地悪が始まります。しかし、おばあさんも負けてはいません。「なんね〜、じいさんのシワは、もっともっとたくさんあるがね〜、長いのやら短いのやらまったくためにならん、ちょうちんじじいじゃ」と言うと、「お茶っ」と、じいさんの前にドスンと湯飲み茶碗を置きました。お茶碗から湯気がほのぼのと立ちあがりました。「ほら〜、ここにもシワがあるがね〜、ばあさんのシワにそっくりじゃと」。おじいさんとおばあさんは大笑いです。

 春が来て、おじいさんとおばあさんは庭の畑で野良仕事を始めます。おじいさんはせっせと、畑の土をくわで耕し盛り上げています。「ばあさん、はやくおいでよ」と、おばあさんを呼びます。「何〜んね〜、じいさんの分を耕すまで、も少しだがね」と、おばあさんは素知らぬ顔で縁側でお茶を飲んでいます。時々せんべいをばりばりと噛んではお茶をグイッと飲みます。

 おじいさんは、しびれを切らして「早よ、来んか」と、怒鳴ります。 「何ね〜、くそじじい」と、おばあさんはむくれながら、やっと腰を上げました。庭の木の上で様子をうかがっていたカラスが、おばあさんが縁側から離れたのを見届けるや、スーッと羽音も立てずに縁側にフワッと舞い降り、おばあさんのせんべい袋をくわえて飛び去りました。それを見ていたおじいさんが「ほら〜またやられたがね、間抜けじゃが、ばあさん」と、からかいます。おばあさんもやり返します。 「フン、じいさんの分まで全部食べたから袋はからっぽ、カラスの方が間抜けじゃが」。春の日差しがゆっくりと縁側を廻ります。 「日なたぼっこして縁側で昼ごはんを食べようか」とおばあさんはおじいさんに機嫌よく甘えます。おじいさんは、優しくおばあさんの湯飲みにお茶を注ぎます。春うらら、茶の香りがほんのりと漂います。

 お月さんが、おばあさんとおじいさんをまぶしく照らします。今夜も、おじいさんとおばあさんは、いつものように手をつないで寝ています。若い頃からずーと続いている習慣で、どんなにけんかしても二人は手を握り合って休むのです。ちっとも恥ずかしくない、当たり前の事なのです。

 幾つか季節が巡り、年老いた二人はだんだん体も弱り、元気もなくなって来ました。秋風が吹く縁側でおじいさんとおばあさんはいつものようにお茶を飲んでいます。火鉢ではヤカンから湯気がゆらゆらと踊っています。おじいさんの憎まれ口もめっきり聞かれなくなりました。退屈したおばあさんはお米をひとつかみ手に取り、庭のスズメに放り投げます。チュンチュンと鳴きながらスズメ達が集まって来るのに、おばあさんは目を細めてうれしそうです。
 子供達は元気かなーと、遠くの空を見つめます。最近手紙も来ないねーと、おじいさんは淋しくつぶやきます。
 元気が無いおじいさんに寄り添い、おばあさんは休みます。おばあさんは優しくおじいさんの手を握ります。おじいさんも少し握り返します。寒い秋風が色づいた庭のもみじに吹きつけ、星空に舞い上がります。雪がちらつくある朝、少し元気になったおじいさんは炭の火熾しに使う枯れ枝を集めに裏山に出かけました。

 おじいさんの帰りを待っていたおばあさんは、あまりにも遅いので、「くそじじい〜」と、ぼやきながら、おじいさんを迎えに裏山へ行きます。しかし、おじいさんの姿が見えません。おばあさんが「じいさ〜ん」と、いくら呼んでも返事は返ってきません。雪の上におじいさんの足跡が山奥へと続きます。突然胸騒ぎする不吉な予感に、おばあさんが震える足で雪の足跡をたどり、大きな木の下に来てみると、そこにおじいさんが枯れ枝を握り締めたまま冷たくなっていました。雪の上には、おじいさんの集めた枯れ枝が雪一面に散らばり、大きく裂けた木の枝がおじいさんと重なり落ちていました。おばあさんは、「アーッ、じい〜さーん、ごめ〜ん」と、泣きながらおじいさんの体をゆすります。悲しい別れでした。

 独りになっても、おばあさんは毎朝、火鉢に炭をおこします。火おこし器でぷーっと吹くと、枯れ木の煙が青白く朝の日差しと幾重にも交じり、部屋の中に何とも不思議な光が揺らぎます。やがて、ヤカンから湯気がゆらゆらと立ち上り、おばあさんはおじいさんからやさしく話しかけられたような気がしてきます。
 手に持ったおばあさんの湯のみ茶わんに涙がポツンと落ちました。 おばあさんは「じいさ〜ん、淋しいよ」と、つぶやきます。炭の残り火が消え入るように赤くなった火鉢の横には、おぼんに乗ったおじいさんの湯飲み茶わんが淡い朝日で光っています。

 庭でスズメがチュンチュンと遊んでいます。

(おわり)

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